遺伝子レベルなのか。

昨年の秋になりますが、父が他界しました。 コロナ禍でしたが、最後の時間も話をすることができ、遺された者たちにとっては後悔の残らない未来を残してくれました。

入院ゼロ日、「お世話になりました」と私たちに御礼まで言い、私の耳に残る最後の言葉は「笑い声」です。
その後の葬儀やお墓、何につけても全てが程よい感じにまとまり、後から後から溢れる泉のように、父には感謝の気持ちでいっぱいです。

母はなかなか気丈なほうで、そして何かを溜め込んだり、課題を抱え込むことが嫌いな性質なので、私たち三姉妹に頼りすぎることなく、自分のペース(しかもちょっと早め・・)で残された処理を淡々とこなしています。やはり、主が亡くなると半年〜1年ぐらいは色々手続きやら何やら時間がかかるものですね。

ある程度、家の細かいものは自分で処分し、大物処分の時には私の出番です。2t車トラックを手配して、不要なもの、家具、布団、思い出のもの、ザザ〜〜〜っと持っていっていただきました。処分後には母の住みやすいようにレイアウトを変え、隅々まで掃除をして整え、やっと落ち着いてきた様子です。

大物処分の際には、実家に放置していた私自身の懐かしいものも出てきて、時折、わあ〜〜〜っと思いながらも、そのときはトラック到着までの時間との戦いなので、どうしても見たいものだけ避けて、じゃんじゃん捨てていきました。

その中に、これは遺伝子レベルでしょうか、と思うようなものを発見。
なぜこんなに後生大事に持っていたのか、写真のネガ。。。先に私の保管していたものがファイルボックスのような形で出てきました。

中身はこんな感じになっています。丁寧にも付箋でメモが貼ってあり(なぜ直接書かない??笑)、変わらない文字もちょっと笑えます。

そして驚いたのは、後日違う場所を整理していたら父の持ち物からも同様な写真のネガが。

昭和のグラフィックデザインって魅力的ですね。

今はもうプリントすることもないでしょうから全捨てしましたが、思わず写真に収めました。この収納(偶然なピッタリな箱に丁寧に入れてある)を見たとき、家族への愛情を感じ、なぜだかとても愛おしく感じました。
形あるものを処分するのは比較的簡単ですが、心に残ることの処理は難しいものですね。それでも一つ一つ、クリアしていく作業は自分を前に進めるために必要なことだと思うのでした。

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