「暮らし方」も相続のひとつ

「相続」というとちょっと大げさな気もしますが、姉から届いたメッセージに紹介されていたこの本が興味深かったので読んでみました。

五木寛之氏の著書「こころの相続」、彼の著書で読んだ本はこれまでも随筆しかなく、10年ほど前に読んだ「下山の思想」は震災後ということもあり、いろいろが覆ったあとの「これから」というものを深く考えさせられました。
「こころの相続」もなるほどな~~~と共感できることが多く、あっという間に読み進められます。いいタイミングで出会える本には感謝です。

親から相続されるのは財産や物質的なカタチあるモノだけではない。魚の食べ方から挨拶の仕方、思想や文化、習慣、そしていいことだけではなくネガティブなことも反面教師となって身に着いていくこともある、と書かれています。
その視点で考えてみると、相続していることはたくさんあるのだな~~と感じます。(あ、両親は健在なので相続というには早いのですけども。)
物質的なものよりも大切で代えがたいとてもおおきな財産ですね。気づけば親と同じようなことをしている、そんなときがありませんか?

日々の暮らし方も受け継がれるものなのだと思います。先日、お伺いしたお宅でも、主人の家はとても片付いているのに私の実家は・・・という話をされていました。
住む方が心地よい空間ならばよいのですが、生まれ育った環境の違う二人にとって心地よい空間を創造するのは、その差があるほど大変です。そしてそれは子供へと相続されていくのでより大切にしたいところ。

記憶の憑代

モノを捨てたほうがいい、という風潮にも一石を投じています。徹底的にモノを少なくして暮らすミニマリストにその「憑代(ヨリシロ)」はあるのか、と。笑。
記憶を辿るモノ、風情、ちょっと感傷的なのことなのかもしれませんが、ときには浸る時間も必要な場面がやってくることもあるのでしょう。健康で不自由のないときには感じないのかもしれないですけども。
私も個人の背景、歴史、大切にしてきたもの・してきたこと、が垣間見られるモノを拝見するのはとても好きな時間です。
他人からはなぜこれを???と見えても、自分にとっては大切なものを綺麗に取っておいている人はちゃんと片付けられている人です。(本当のガラクタ=ゴミは不要と思いますし、リセットするときも必要ではあります。)

桜から梅の時代へ

そんな表現も書かれていました。一気に咲いて一斉に散っていく「桜」に比べて、梅の花は個々に咲き始める。「昭和は桜の時代、令和は梅の時代へ」と、個人の時代と言われる今、まさに時代が移り変わっているという表現がとても美しく感じました。「令和」と「梅」ってなんだかとてもしっくりする組み合わせです。興味を持たれた方は是非読んでみてくださいね。

2 thoughts on “「暮らし方」も相続のひとつ

  1. hi-ko's daughter

    私も母から相続したようで、スライサーで指を切り落としたり自分が乗ってきた車とは色も形も違う車に乗り込んだり、考え深いです。

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